2026年2月8日日曜日

同期が座長を務める日、発表者は僕だった

 内科地方会から当日のプログラムを知らせるメールが来た。

今回、座長を務めるのは、大学病院時代にともに汗を流して笑いあいながら働いた同期だった。世間は狭いなと笑った。

僕はクリニックを構え、研修医や若手の先生方に混じって発表する側。一方、彼は大学に残り、教授たちと肩を並べる座長という役割だ。

まあ、大きく道は分かれたものだ。
ただ、それが交差する瞬間が、なんだか不思議に嬉しい。

正直、ちょっと照れる。
道が違えど、僕は僕で自分の話をしっかりするつもりだし、彼は彼で座長の顔をしているんだろう。

でも、やっぱりちょっと滑稽だな。
ただ、きっと忘れられないものになる気がする。

当日は、きっとお互いの違いを認めつつ、笑ってるはずだ。
それが、僕にとっても彼にとっても、静かに胸に残る物語になるだろう。

2026年1月27日火曜日

全部を語らないという選択

 スライド作りが、いよいよ佳境に入った。

今回は内科地方会での症例報告だ。


正直に言えば、この年齢での演者は少ない。

内科地方会は、どちらかというと若手の登竜門のような学会だ。

初めての発表、初めての質疑応答、初めての緊張。

そういう空気が、会場には確かにある。


でも、これまでも僕は見てきた。

若手に交じって、諸先輩方がぽつりと演者として立つ姿を。

最新の研究成果だったり、地道に積み重ねた症例報告だったり。

派手さはないけれど、静かに芯の通った発表。


あのとき、正直に思っていた。

「なぜ、今さらこの場所で発表するんだろう」と。


今なら、その理由が少しわかる気がする。


それはきっと、若手のため“だけ”ではない。

ましてや評価のためでも、肩書きのためでもない。

自分のため。

目の前の症例を、もう一度きちんと省察するため。

自分の臨床を、自分自身の言葉で整理し直すため。


10年前と、今とでは、発表に対する心構えがまったく違う。

昔は、

「漏れなく説明すること」

「突っ込まれないこと」

「全部を正しく並べること」

に必死だった。


今は違う。


どこに光を当てるか。

どこをあえて陰に落とすか。

その選択こそが、発表者の仕事なんだと思うようになった。


すべてを丁寧に説明することが、必ずしも誠実とは限らない。

大事なのは、正しさを保ったまま、どうデフォルメするか。

聞き手の時間と集中力を信じて、

“伝わる形”に削ぎ落とすこと。


症例は、ただの事実の羅列ではない。

どこに違和感があり、

どこで立ち止まり、

何を問い続けたのか。

その軌跡こそが、共有されるべきものだ。


内科地方会という場所で、

もう一度、自分の臨床を言葉にする。

それは、若手に戻ることではない。

むしろ、今の自分だからこそできる整理なのかもしれない。


スライド作りは、まだ続く。

でも、不思議と焦りはない。

この時間そのものが、すでに発表の一部なのだと思っている。

2026年1月25日日曜日

使えるかどうか、続いているかどうか

ナノゾラ適正使用講演会のために東京へ行ってきた。


最初のセッションでは、震災時における生物学的製剤の取り扱いについて、新しい知見を聞くことができた。

生物学的製剤には「過酷試験」が行われており、温度変化や振動など、どの程度の環境までなら使用可能かが検証されているという話だった。災害時はどうしても「使えないかもしれない」という判断に寄りがちだが、実際には想像よりも現実的な選択肢が残されている。

災害時、医療者は「安全側」に倒れがちだ。でも、その判断が本当に患者さんの利益につながっているのか、改めて考えさせられた。

こうした知見は、平時にはあまり意識されないけれど、いざという時に診療の幅を狭めないために、とても大切だと思う。今日の一番の“持ち帰り”は、間違いなくここだった。


そして今日のもう一つの出来事。

研修医時代に、7か月間血液内科で指導してもらった竹内先生と、たぶん10年ぶりくらいに再会した。


血液内科と聞くと、今なら「大変だった」「勉強漬けだった」と言いそうになるけれど、実際の記憶は少し違う。

確かに忙しかったけれど、それ以上に、よく笑って、楽しく、必死にがんばっていた時間だった。完璧に理解していたわけでもないし、毎日余裕があったわけでもない。でも、あの空気の中で前に進んでいた感覚は、今でもはっきり覚えている。


講演会後の立食パーティーでは、思っていた以上にゆっくり話すことができた。

近況の話や、当時のエピソードを交えながら話していると、10年という時間が一気に縮まる。指導医と研修医、という関係を越えて、同じ医療の世界を歩いてきた「続きの会話」ができた気がした。不思議と時間の隔たりは感じなかった。

あの頃教えてもらったことは、形を変えながら、今の自分の診療の中にちゃんと残っているのだと思う。


新しい知識を持ち帰り、懐かしい人とたくさん話せた一日。

東京の人混みの中だったけれど、今日はどこか、肩の力が抜けた、いい出張だった。

2025年12月31日水曜日

目標を立てすぎないという目標

 最近、あまり具体的な目標というものは立てすぎないようにしよう、と思っている。

数字や期限で自分を囲いすぎると、その檻の中で息苦しくなる。

それでも、年末というのは不思議なもので、立ち止まって、来年のことを考える時間が、半ば強制的に与えられる。

診療がひと段落し、カレンダーの余白が目に入ると、「来年は、どんな一年になるんだろう」と、自然に思ってしまう。

来年は2月には名古屋で内科学会があって、これはもう演題内容は決まっているし、エントリー済み。発表スライドをつくり、まとめあげていくといったレールにもう乗っている。
もうひとつ、12月には宮﨑で臨床リウマチ学会。実は今回の長崎での帰りの飛行機の中でなんとなく構想が思い浮かんで、少し先行研究でも調べてみるかという段階ではある。
かたちにして、宮崎の場に立っていたいな、と思っている。

「必ず出す」「このテーマでやる」とまでは、まだ言わない。
ただ、頭の片隅に、小さな付箋のように貼っておく。
忙しい日常の中で、「あ、あの学会があるんだったな」と思い出せる程度にしておく。

目標というより、方向感覚に近いのかもしれない。
北極星を決めるだけで、歩き方はその都度考える、そんな感じ。

来年も、思うように進まないこともたくさんあるだろう。
それでも、学会で発表するという“節目”があることで、自分の立ち位置を確認できる。

具体的すぎない目標。
でも、何も考えないわけではない。
年末の静かな朝に、そんなことを考えている。

2025年11月29日土曜日

先頭打者ホームランというわけにはいかなかったけれども、長崎の光の中で未来の背中を追い始めた

朝いちばんの発表が終わった瞬間、胸の奥の霧がふっと晴れた。

半年分の緊張が、出島メッセの裏口にそっと置き忘れてきた荷物みたいに、気づけばそこにない。

同じ会場では、僕より二回りほど年上の先生たちが、外来と生活のすきまから丁寧に紡いだ研究をまっすぐ発表していた。

白い光の中で揺るがない背中を見ながら、思わず問いが浮かぶ。

二十年後の僕は、あんなふうに立っていられるのだろうか。

積み重ねという言葉では足りない、生活と学問の重さのようなものが、あの姿には確かに宿っていた。

しかも、今日の僕のセッションは、最初の演者が取り下げになったことで、いきなり僕が先頭打者になった。

バッターボックスのライトが思いのほか眩しくて、でも目を細めたら負けのような気もして、静かにスライドの光を見つめてスタートした。

気づけば数分間、無我夢中で走り抜けていた。


発表後、長崎の冬の光の下に出ると、肩の力がふっと抜けた。

ランチョンではシェーグレン「病」の話を聴いた。

気づけば呼び名も“症候群”から“病”へ変わりつつあるらしい。

病名ひとつの変化が、なぜか臨床の風景を少し違って見せてくる。


その前の時間には、SLEのセッションも聴いた。

知識の棚にひとつ引き出しが増えて、今日ここに来た意味が胸の中で小さく灯った。


会場をいったん離れたのは、発表の余韻を抱えたまま、ほんの少しだけ静かな場所に逃げたかったからだ。

入ったカフェにはカフェインレスがなくて、代わりに“本物”のカフェイン入りホットコーヒーを頼んだ。

久しぶりの苦みが、溶けた緊張の隙間にじんわり染み込んでいく。

最高においしい、と思った。

ああ、これでやっと今日という日の体温に戻れた気がした。


このあと会場に戻ったら、免疫チェックポイント阻害薬のシンポジウムと、移行期医療のセッションを聴く。

そしてそのあとは、そそくさと長崎空港へ向かう予定だ。


学会という大きな潮流の中で、僕は今日、自分の未来の姿をほんの少しだけ覗いた気がする。

カフェの窓の外では、長崎の昼の光が静かに揺れている。

コーヒーの湯気の向こうで、今日という日がようやく僕の手のひらに落ち着きはじめている。

先頭打者ホームランは打てなかったけれど、長崎の光の中で未来の背中を追い始めた。

2025年11月28日金曜日

長崎へ向かう朝、声に出す。

まだ早い時間のはずなのに、発表原稿の文字はずいぶん前から起きていたように見える。

僕は喉をひとつ鳴らして、ゆっくりと言葉を声に出してみる。
ここ1週間、似たようなフレーズを繰り返してきた。
積み上げてきたものの重さが、声の振動のどこかに宿っている気がする。

今日は空が白がる前に、通しで何度も練習しておきたい。
16時には外来を締めて羽田へ向かう。
本来なら明日も患者さんを診ていたはずで、そのことが朝の静けさの中で、かすかな後ろめたさとして胸の隅に漂っている。
けれど、ここまでやってきた半年を思えば、この時間は必要なものなんだと、自分に言い聞かせる。

声に出すたびに、原稿のリズムが微妙に変わる。
数字の並びが少しだけ体の深いところに沈んでいく。
外はまだ淡い光のままで、その光が部屋の空気を薄く揺らしている。

長崎までは、あと少しだ。そう、今年の臨床リウマチ学会は長崎なのだ。
発表そのものより、ここまでの道のりのほうがむしろ長かった。
そのことを確かめるように、僕はもう一度、丁寧に一行目から声に出して読み始める。

2025年11月8日土曜日

パンデミックがまだ教科書の言葉だった16年前。その言葉が現実になった6年前。そしてまだ見ぬ4年後の僕へ。

 医師会の新興感染症対策研修会に参加した。

司会の先生が最後に言った言葉が耳に残っている。


「パンデミックは2009年、2019年と10年ごとに起きています。

もしかしたら2029年にも、何かが来るかもしれません。」


この「10年ごとに」という言葉には、ある種の時間意識が潜んでいる。

僕たちはしばしば、歴史を“出来事の列”としてではなく、“リズム”として記憶している。

つまり、10年に一度やってくる不意打ちは、偶然ではなく、ある「周期」として受け止められてしまう。


2009年の新型インフルエンザ。2019年の新型コロナウイルス。

それぞれの年に、社会は一度立ち止まり、

「普段当たり前だと思っていたこと」を疑い、

「人と距離を取る」という、最も社会的なことの反対を経験した。


次に2029年がやってくる。

そのとき、僕たちはまた「備えよう」と言うだろう。

けれども本当に必要なのは、「備え」という語の中身を入れ替えることではないか。

備えとはマニュアルや物資のことではなく、

自分が「想定外に動揺しない」ための思考の柔軟さ。


パンデミックはウイルスの問題であると同時に、社会の鏡でもある。

10年ごとの災厄のたびに、

僕たちはその鏡にどんな顔を映すのか。

そう考えると、「備える」という言葉の重さが、少し違って聞こえてくる。

2025年11月2日日曜日

「なんとなくおかしい」を信じてよかった

 内科地方会への抄録登録を終えた。

テーマは「ステロイド減量時に低Na血症が顕在化し、アジソン病の合併を認めた血清反応陰性関節リウマチの一例」。


一見、リウマチの活動性や薬剤性の電解質異常に見える中で、

「どこかおかしい」と感じて、迅速ACTH刺激試験を行った。

小さな検査だったが、それが診断の決め手となった。


アジソン病という言葉は、教科書では知っていても、

実際の臨床の現場で出会うことは多くない。

それでも、見逃さないためには、

「違和感をそのままにしない」ことが大切だとあらためて感じた。


抄録を書くたびに思う。

診療の記録は、過去の診察の整理であると同時に、

未来の診療を変えるためのメモでもある。


この小さな症例報告が、

どこかで誰かの「もしかして」に繋がればいいと思う。

2025年10月3日金曜日

委員会で聞いた三文字 ― OLSという仕組み

 先日、骨粗鬆症委員会で「OLS」という言葉を耳にした。

Osteoporosis Liaison Service。日本語では「骨粗鬆症リエゾンサービス」と呼ばれているらしい。初めて聞いたときは、ちょっと大げさな名前だなと思った。でも気になったので調べてみた。

簡単に言えば、骨折をした患者さんがもう一度骨折しないように、病院や地域、かかりつけ医が一緒になって支える仕組みのことだ。骨粗鬆症の治療は、つい途中でやめてしまう人も多い。薬を飲み忘れたり、診察に来なくなったり。そうやって再び骨折をしてしまうと、そのあとの生活はぐっと制限されてしまう。

OLSは、それを防ぐためのネットワークだ。病院で骨折の治療を受けた患者さんを、地域のかかりつけ医につなぎ、薬を続けてもらう。看護師や薬剤師も関わって、生活指導や服薬確認をしていく。つまり「つなぐ」という役割を徹底する仕組みだ。

僕は調べながら思った。たしかに、骨粗鬆症の治療は数字に表れにくい。骨密度が少しずつ改善しても、患者さんはそれを実感できない。でも、転ばないこと、骨折しないこと、それが日々の生活の自由を守ることにつながっている。そういう「見えない効果」を支えるのがOLSなのだろう。

カフェインレスコーヒーを飲みながら、少し学んだ。

2025年10月1日水曜日

TNF阻害薬投与下リウマチ妊婦さんへのRSウイルスワクチン

RSウイルスワクチンのポイントの整理

< RSウイルスワクチンと妊婦への適応>

接種時期は 妊娠24~36週の間 とされ、母体を介して移行抗体を胎児に渡し、生後6か月までの乳児をRSウイルス感染から守ることが目的。

<リウマチ患者さんでの特別な考慮点>

免疫抑制薬の使用状況 がポイント。

ステロイド、免疫抑制薬、生物学的製剤を使用していても、このワクチンは 不活化ワクチン) なので、基本的に禁忌ではない。

ただし免疫抑制状態では 抗体産生がやや弱まる可能性 はある。

妊婦自身の重症RSV感染を防ぐためというよりは、赤ちゃんを守ることが主目的 なので、母体側の免疫抑制による有効性低下がどの程度かはまだ十分データがない。

<安全性>

海外での大規模試験では、妊婦への安全性に大きな懸念は報告されていない。

ただし妊娠後期の早産リスクについては議論があり、承認時に注意喚起されている。→ そのため 妊娠24~36週 に限定されている。


妊娠中のTNF阻害薬のポイント生理

<エタネルセプトと妊娠後期>

TNF阻害薬の中でもエタネルセプトはIgG1-Fc融合タンパクで、妊娠後期に胎盤を通過する。

出生児の血中にも薬剤が検出されるため、生後しばらくは 生ワクチン接種を避ける必要 があり、免疫抑制児 と扱う必要がある。

<免疫抑制児とRSウイルス>

生後早期の免疫抑制児は 重症感染症リスクが高い。特にRSウイルスは乳児にとって重篤化の原因となり、入院リスクも高まる。母体の妊婦RSワクチン接種の意義が強いかも。

<各国ガイドラインの推奨>

EULAR(2020年妊娠とRA管理の推奨)

Etanercept is considered acceptable for use during pregnancy. It is relatively safe even in the later stages of pregnancy, but discontinuation after 32 weeks of gestation should be considered if possible to reduce potential risks

エタネルセプトは妊娠中の使用が許容される。妊娠後期も比較的安全だが、可能なら妊娠32週以降は中止を考慮。

ACR(2020年リウマチと妊娠のガイドライン)

Etanercept may be used throughout pregnancy including the late stages if disease control requires it. Continuing therapy until delivery can be considered in cases where disease flare risk outweighs potential fetal risks.

エタネルセプトは妊娠後期まで使用可能。病勢コントロールを優先して出産直前まで使用してもよい。

日本リウマチ学会(JCR, 妊娠・授乳とリウマチ性疾患の管理)

エタネルセプトは妊娠全期間で使用可能薬に分類。出産直前まで使用しても大きな奇形や流産のリスク増加はない。

2025年9月28日日曜日

武骨に文字を並べるところからスライドをつくる

 以前の僕だったら、スライドの背景にどんな色を置くべきか、ロゴをどの角に収めるのか、フォントをゴシックにするか明朝体にするか、そんな細かいことばかり気にしていただろう。見栄えを整えることに時間を使って、肝心の中身はどこか置き去りにされてしまう。

けれど今は違う。結局のところ大事なのは中身だ、という結論にたどり着いた。ロゴがどうだとか、背景がどうだとか、観客の記憶にはほとんど残らない。残るのは数字やグラフと、それをどう語ったかだけだ。

だから僕は、白い背景に黒い文字を、ただ武骨に並べていくことにした。余計な飾りはない。そこにあるのは事実と解釈、それだけだ。まるでタイプライターで打った原稿用紙を一枚ずつスクリーンに投影していくようなものだ。

シンプルさにはある種の静けさがある。そして静けさは、聞き手をかえって強く引き寄せることができるんじゃないか。少なくとも今は僕はそう思っている。

2025年9月17日水曜日

机の上の郵便物にまぎれた1通の封筒

 診察が終わったあと、机の上に置かれた郵便物をひとつずつ整理していた。保険者からの案内や、製薬会社の資料や、雑多な封書。その中に、少しだけ雰囲気のちがう一通がまぎれていた。

開けてみると、医師を対象にした、ある意識調査への協力依頼だった。差出人の大学名には聞き覚えがなく、身に覚えもない。それでも僕がかつて通った大学院からほど遠くない。どことなくその大学名を目にすると、自分の院生時代の空気がふとよみがえる。研究棟の廊下を歩く自分や、深夜にレポートを仕上げていた友人の姿が浮かんで、少し懐かしくなる。

よく知らない差出人からの封筒は、ともすると放っておきがちだ。それでも、この一通を無視してしまうのは惜しい気がした。誰かが真剣にテーマを選び、調査票を印刷し、切手を貼り、投函した。その手間を思えば、軽く扱う気にはならない。

案内にはQRコードが添えられていた。スマホをかざすとGoogleフォームが立ち上がる。手元で画面をスクロールしながら、いくつかの質問に答えていく。ほんの数分の作業だが、画面の向こうで誰かがデータを集め、統計にかけ、レポートにまとめるのだろう。

送信ボタンを押すと、画面が「ご協力ありがとうございました」と表示される。その短い言葉に、妙に安堵した。僕1人の回答なんて、大きな成果に直結するものではないかもしれない。でも、見知らぬ研究者の営みに少しだけ触れた気がした。

机の上の郵便物はまた雑然と積み上がっていくけれど、その中の一通が、ちいさな懐かしさと静かな余韻を残してくれた。

2025年9月15日月曜日

前もって提示していても、診療時間をかえるのは気が重い

 「土曜日の第一セッションには入らないだろう」――そう思っていた自分の考えが甘かったと知ったのは、日程が確定したときだった。

よりによって朝イチ。避けられると思っていた時間に、あっさりと予定を置かれてしまった。

結局、金曜の夜に動くしかない。16時に診療を終える。

今のところ、患者さんの予定を大きく変える必要はない。

けれど、金曜の夜に受診を考えていた人には前もって伝えておかねばならない。僕の都合で診療時間を削るのは、どう言い繕っても気が重い。

新幹線で羽田へ向かう道すがら、窓の外に流れる街灯がやけに冷たく見える。

「甘い考えでしたね」

それでも、夜の長崎行きに乗るしかない。

2025年9月7日日曜日

専門医更新、深夜のひとりカンファレンス

専門医の更新という作業は、思った以上に時間がかかる。
20人の症例、ひとつひとつまとめていく。
パソコンの画面には文字列が積み重なり、僕はただそれを追いかける。

カルテを読み返していると、あのときの選択は本当に正しかったのか、と考える瞬間がある。薬の選択や経過。ふと立ち止まって調べものもしたりする。

単なる事務作業のはずが、気がつけば内省の時間だ。

患者さんの経過をまとめるということは、自分の診療の経過を振り返ることでもある。あのとき迷ったこと、うまくいったこと、思いがけない転機になったこと。電子カルテの中には、患者さんの人生の断片と、僕自身の判断の足跡が同居している。

夜は静かに深まっていく。外の暗さと、パソコンの白い光のコントラストがはっきりしてくる。時計を見ると驚くほど時間がたっているが、不思議と疲労感は少ない。

専門医の更新は制度的なものにすぎないかもしれない。でも、こうして過去を振り返り、調べ、書き残す過程は、思った以上に示唆に富んでいる。未来に進むために、静かに足元を照らすような作業だ。

夜がふけていく。
けれど、その深さは不思議と心地いい。
あと少しでまとまる。

2025年9月3日水曜日

採択通知が鳴らす合図

 第40回日本臨床リウマチ学会の総会に、リピッドパラドックス研究の演題が採択された。

それを知ったとき、僕はクリニックの目の前のスタバでデカフェのアイスコーヒーを飲んでいた。氷の音がカランと鳴った瞬間にスマホが震えて、メールを開いて、「採択」の二文字を見た。

「やったな」と思った。

でもその次に思ったのは「これでまた忙しくなるな」だった。正直に言えば、アイスコーヒーの氷の方がのんびりしていた。

採択は、ゴールではなくスタートだ。つまり、いきなり新しい宿題が机の上にドサッと置かれるようなものだ。スライドを作り、声にして練習し、何度も直していく。11月までの数ヶ月は、きっとあっという間に過ぎてしまう。いや、たぶん気がついたら、靴下を片方だけ履いたまま発表当日を迎えているかもしれない。そんなことにならないように、今から準備を始めなければならない。

研究は、たとえるなら薄暗いトンネルを歩くようなものだ。どこまで続いているのか分からない。だけど、トンネルの壁に手をあてると、ひんやりとした確かさが返ってくる。ひとつひとつの作業が、その「確かさ」だ。積み重ねが道になり、気づけば出口の光に近づいている。

こうした準備は、忙しい日常に紛れ込みながらも、不思議と僕のペースメーカーになる。診療と家族と研究、そのあいだを行き来する日々の中で、次にやるべきことがいつも前に置かれている。それは小さな荷物のように重く、しかし背中をまっすぐにしてくれる。

ライフワークという言葉は、どこか大げさに聞こえる。でも、毎日食卓に花を一輪飾るように、ささやかに続けていく行為こそが、実はライフワークなのかもしれない。リピッドパラドックスの研究も、そうして僕の日々に根を下ろしつつある。

うれしさは、一瞬で消えてしまう花火のようなものだ。でもその残光を胸にしまい込みながら、僕はまた、静かに歩き出す。11月までの道のりを、ひとつの旅のように。


2025年8月17日日曜日

朝の手直し

来週は大正製薬での研修会。社員さんに向けた社内講演が控えている。

まだ空が白んでいるうちに机に座り、スライドを一枚ずつ直していく。

鳥の声がして、外はもう夏の匂いがした。


患者さんでもなく、薬剤師さんでもなく、お医者さんでもなく、製薬会社の社員さんたちに話すためのスライド。

相手が変わると、選ぶ言葉も変わっていく。


昔は自分が評価されたい気持ちで、学会用のスライドを必死に作っていた。

文献の引用をしまくり、論に穴がないか検証に余念なく、スライドを構成する。

原稿を完璧に仕上げて読み上げたり、丸暗記したりして発表していた。


でもいろいろな場所で発表を重ねるたびに、聴くたびに、

「なんか違う」と心のどこかで感じていた。

自分の発表はパッチワークみたいな気がしていた。


今が正解かはわからない。

ただ、だんだんだんだん、自己満足ではないスライドをつくれるようになってきた気がする。

聴講者が聴きたいことを想像し、それに対して僕が日々感じていることを、自分なりに消化したかたちでスライドをつくる。

目の前の人に向けて、その場で出てきた言葉で話す。

自分の消化していない文献のパッチワークはもうやめたんだ。


どんな場所なのか、だれが聴講者なのか、なにが聴きたいのか。

そして、僕が話す理由。

2025年8月6日水曜日

あの頃の自分に会いに行く

 10年ぶりに、内科地方会に症例報告を出すことにする。内科地方会での発表なんて、もう若手のやることだと思っていた。実際、あの会はそういう場だと教わった。プレゼンの練習台。若手の登竜門。それは今も、たぶん変わらない。

けれど、どうしてだろう。十年たった今も、あのときの光景を、はっきり思い出す。

僕が発表していた会の別会場で聴講していた中で、僕が初期研修した病院の神経内科の年配の先生が、静かに研究発表をしていた。若手に混じって。淡々と。少し小さめの声で。誰よりも、聞いてほしいことがそこにあるように感じた。

また別の、見知らぬベテランの先生は、無駄を削ぎ落とした短いスライドと、的確な口調で会場を引き込んでいた。あれはかっこよかった。今でも目に焼きついている。

誰が発表してもいいのだと、あのとき確かに思った。若手だけのものじゃない。あの場所は、誰かが何かを伝えたいと思うかぎり、開かれている。

今回、僕もそういう気持ちになった。成長したい。誰かに見てもらいたい。間違いがあれば、指摘されたい。そんなまっとうな願いを、忘れずに持っていたい。

だから、症例報告を出すことにした。十年ぶりの内科地方会に、十年越しの、自分なりの「問い」を。

医者としての年月が、経験とともに、鈍さも連れてくることがある。それに抗うように、自分の手で「初心」を灯し直してみる。

また、あの会場の静けさの中に立ってみよう。今の僕の声が、どこまで届くのか、確かめるために。

しかしまだ、次の会場の日時と場所が決まっていない。

2025年7月12日土曜日

「足りないものを、足りないままにしてはいけない」——副腎と関節の話

なんとなく、という言葉は不思議だ。

なんとなく疲れる、なんとなく食欲が出ない、なんとなく朝がつらい——そういう“なんとなく”の体調不良は、いつも言葉の後ろに小さく居座っていて、明確な病名を持たずにただ、そこにいる。

関節リウマチという病気は、名前だけは強そうだけれど、その実、地味に痛くて、地味にしつこくて、でも確実に日常を侵食していく。

そんな病とつきあっている人たちは、たいていステロイドともうまくつきあっている。

ステロイドはよく効く。けれど、長く使っていると、副腎が「あ、もう自分でコルチゾール出さなくていいんだ」とサボりはじめる。で、気づいたときには、副腎不全になっている。

これは医原性の副腎不全——つまり、治療のせいでそうなったという話だ。


でも、今回読んだ論文には、それだけじゃない可能性が書かれている。

リウマチの人の中には、そもそも自分の副腎を自分の免疫が攻撃してしまって、コルチゾールが出せなくなる人がいる。Addison病。

関節の痛みも、副腎の疲弊も、免疫の“過剰な正義”によるものだとしたら、それはもう体の中で内戦が起きているようなものだ。

自分の一部が、自分の別の一部を敵だと勘違いして、正義の名のもとに傷つけ続けてしまう。

副腎からコルチゾールが出なくなると、体がうまくストレスに対応できなくなる。

ただでさえ日常生活に痛みがついてまわるのに、さらに「ストレスに弱くなる」というのは、地味に辛い。

しかも、その不調は、リウマチのせいなのか、副腎のせいなのか、誰にもわからない。

だから、こういうときには血液検査をする。朝早くのコルチゾール値を測って、ACTHの刺激にどれくらい反応するかを調べる。

でも、本当に大切なのは、その前に「この人、もしかしてAddison病かもしれない」と思えるまなざしを持っているかどうかだ。

病気は、名札をつけて待っていてくれるわけじゃない。

ただ静かに、静かに、影を落とすように存在している。

副腎が出せなくなったホルモンを、外から補ってあげる。それは、“足りないものを、足りないままにしておかない”というほどこしだ。

リウマチを診るということは、関節だけを見ることじゃない。

免疫という、自分の中の“正義”の暴走を、どうやって静かに宥めるかを考えることでもある。

その過程で、見えづらい不調を拾い上げる力が、僕たちにはきっと必要なんだと思う。

[Adrenal insufficiency in Patients with Rheumatoid Arthritis: Prevalence, Clinical Implications, and Management Strategies]

2025年6月27日金曜日

抄録登録

 抄録を書いていた。

いや、正確には「抄録を送る準備をしていた」と言った方がいい。

ワードを開いては閉じ、また開いては別のファイルに寄り道する。そんな日々が続いていた。何も生み出さない時間が、画面の奥で静かに膨張していくようだった。

最初の一文が書けたのは、夜の書類整理がひと段落してからだった。いつもならNOBANACLINIC labo動画を創りだすところだったが、思いとどまった。そして、抄録を書き出した。締め切りが近いのだ。

「IL-6阻害薬導入患者におけるLDL-Cの変化について」

もうそれ以上、余計な言葉はいらなかった。

そこからは、手が勝手に動いた。データを並べ、数字を整え、統計処理の跡を踏み直すように、文を削ぎ落としていった。気づけばWordの文字カウントが「605文字」を指していた。日本語500文字以内、まだだ。もう少し、もう少しそぎ落とす。

それは、なにか小さな祈りのようにも見えた。

そして、朝。

学会の登録フォームにログインし、必要事項を淡々と入力し、「送信」ボタンを押した。あっけないほど軽やかなクリック音がした。

それだけのことだった。だけど、その一瞬に、幾夜もの葛藤と、何杯ものコーヒーと、机の上の散らかったポストイットたちが、すべて吸い込まれていった。

提出完了のメールを受信トレイで見つけたとき、思わず笑ってしまった。小さく、だれにも聞こえないくらいに。

あとは、待つだけだ。採択されるかどうかは、もう僕の手の中にはない。

でも、送ったことは事実だ。送れたことが、今はただ、嬉しい。

身体が軽い。

2025年6月25日水曜日

推測統計(Script ナグリガキ)

 サクサクとメインの表を作っていく作業はダイナミックで楽しいところ

まずはLDLの変化量をありのまま出してみる 対応のあるt検定

> with(Dataset, (t.test(LDL0, LDL3, alternative='two.sided', conf.level=.95, paired=TRUE)))


Paired t-test


data:  LDL0 and LDL3

t = -2.748, df = 12, p-value = 0.01767

alternative hypothesis: true mean difference is not equal to 0

95 percent confidence interval:

 -29.789220  -3.441549

sample estimates:

mean difference 

      -16.61538


Paired t-test

P=0.01767 よし、とりあえず差はありそうだ。

いや、新しい変数をつくってみよう 3か月でのLDL上昇

Dataset$LDL_diff <- with(Dataset, LDL3- LDL0)

ヒストグラムをつくってみよう。

with(Dataset, Hist(LDL_diff, scale="frequency", breaks="Sturges", col="darkgray"))



併用ステロイドの減量によってならLDLは下がるはずだが上がっているな。

交絡と考えているPSL、CRPの変化も変数として作成。

Dataset$PSL_diff <- with(Dataset, PSL3- PSL0)
Dataset$CRP_diff <- with(Dataset, CRP3- CRP0)

PSLの変化量を箱ひげ図にしてみよう。

Boxplot( ~ PSL_diff, data=Dataset, id=list(method="y"))

回帰分析してみようとしたらIL6阻害薬が認識されていない。

IL6阻害薬をカテゴリカル変数に指定。

editDataset(Dataset)
Dataset <- within(Dataset, {
  IL6 <- as.factor(IL6)
})

うまくいかない。ダミー変数をつくろう。TCZ、SARをデータセットに直接編集して追加。

そもそもモデルの作り方が間違っているな。

LDLの変化量=IL6阻害薬の種類+CRP変化量+PSL変化量

これじゃ、IL6阻害薬の種類の比較になってしまうので、ダミー変数を使おうがそこにはほとんど差がないという結果しかでないよな。

さて、ではどのようにしよう。岡山大学の津田先生から多変量解析の出発点は層別分析だ。丁寧に解析してみなさい。そう言われたことを思い出した。

PSL使用例8例と未使用例5例に分けてまずLDL変化量を解析しなおしてみよう。

> numSummary(Dataset[,"LDL_diff", drop=FALSE], groups=Dataset$PSLumu, statistics=c("mean", "sd", "IQR", "quantiles"), quantiles=c(0,

+   .25,.5,.75,1))

      mean       sd  IQR  0%   25% 50%   75% 100% LDL_diff:n

ari  15.25 22.35269 36.5 -17 -4.75  25 31.75   39          8

nasi 18.80 23.27445 21.0  -3  2.00  16 23.00   56          5

とりあえずやはりPSLがない症例のほうがLDL上昇は高そうにみえる。これはPSL併用症例はPSL減量によりLDL低下効果がありそうにみえる。とりあえず定性的に評価してみる。

> t.test(LDL_diff~PSLumu, alternative='two.sided', conf.level=.95, var.equal=FALSE, data=Dataset)


Welch Two Sample t-test


data:  LDL_diff by PSLumu

t = -0.27164, df = 8.3546, p-value = 0.7925

alternative hypothesis: true difference in means between group ari and group nasi is not equal to 0

95 percent confidence interval:

 -33.46568  26.36568

sample estimates:

 mean in group ari mean in group nasi 

             15.25              18.80 

統計的には有意差ないが、とりあえずこれを箱ひげ図で比較
> Boxplot(LDL_diff ~ PSLumu, data=Dataset, id=list(method="y"))
他にCRPでの層別もしたいから、開始前CRPの分布も確認しておこう。

> with(Dataset, Hist(CRP0, scale="frequency", breaks="Sturges", col="darkgray"))

意外と開始前CRPは低めに偏っていることがわかる。要約。
> numSummary(Dataset[,"CRP0", drop=FALSE], statistics=c("mean", "sd", "IQR", "quantiles"), quantiles=c(0,.25,.5,.75,1))
     mean      sd  IQR   0%  25% 50% 75%  100%  n
 1.736154 3.42934 2.46 0.01 0.04 0.1 2.5 12.49 13

CRPを2層に分離、中央値の0.1でわけます。
> Dataset$CRPsou <- with(Dataset, ifelse(CRP0 >= 0.1, "0.1以上", "0.1未満")
+ )

さてLDLの解析です。
> t.test(LDL_diff~CRPsou, alternative='two.sided', conf.level=.95, var.equal=FALSE, data=Dataset)

Welch Two Sample t-test

data:  LDL_diff by CRPsou
t = -0.49162, df = 10.526, p-value = 0.6331
alternative hypothesis: true difference in means between group 0.1以上 and group 0.1未満 is not equal to 0
95 percent confidence interval:
 -32.87932  20.92693
sample estimates:
mean in group 0.1以上 mean in group 0.1未満 
             13.85714              19.83333 

箱ひげ図で比較
> Boxplot(LDL_diff ~ CRPsou, data=Dataset, id=list(method="y"))

こうみるとCRPの層でわけて解析すると平均は差があるが、分散が大きいだけで中央値は同じくらいなのだ。
CRPはPSLとの関係もあるので結果の解釈はとても複雑怪奇だ。
もう少し数が増えればさらに層を増やしてみることができるのだが。
PSL未使用でCRPが0.1未満の症例はどれだけいるだろう。
一応3症例いる。一応この3症例でLDL変化量をみてみよう。理論上はこれで炎症やPSLによる影響を排することができる。

とりあえず手動でデータセットをいじってみる。まず今までのデータセットを保存。
> save("Dataset", file="C:/Users/Owner/OneDrive/デスクトップ/Lipid paradox/Dataset20250625.RData")

もとデータのEXCELで3症例を限定して再度データセット取り込み、LDL 変化量の変数作成
それぞれ-3、16、2。ばらつきがすごい。
そして、要約。
> numSummary(nasinasi[,"LDLDif", drop=FALSE], statistics=c("mean", "sd", "IQR", "quantiles"), quantiles=c(0,.25,.5,.75,1))
 mean       sd IQR 0%  25% 50% 75% 100% n
    5 9.848858 9.5 -3 -0.5   2   9   16 3
3症例の要約に意味があるかまったくわからない。いやまったくない。
いちおう検定。
> with(nasinasi, (t.test(LDL0, LDL3, alternative='two.sided', conf.level=.95, paired=TRUE)))

Paired t-test

data:  LDL0 and LDL3
t = -0.87932, df = 2, p-value = 0.472
alternative hypothesis: true mean difference is not equal to 0
95 percent confidence interval:
 -29.46592  19.46592
sample estimates:
mean difference 
             -5 

やはり有意差なし。これはさすがに数の問題だろう。

さて、そろそろ一旦終わるか。LDLに関しては様々なことが影響しているが、少なくともIL6阻害薬使用によって、PSLが減ろうがCRPが陰性だろうが、上昇する方向であることに間違いはないだろう。そろそろ材料は揃ってきた。だんだん抄録を書いていかないと締め切りに間に合わなくなるぞ。

同期が座長を務める日、発表者は僕だった

 内科地方会から当日のプログラムを知らせるメールが来た。 今回、座長を務めるのは、大学病院時代にともに汗を流して笑いあいながら働いた同期だった。世間は狭いなと笑った。 僕はクリニックを構え、研修医や若手の先生方に混じって発表する側。一方、彼は大学に残り、教授たちと肩を並べる座長と...