診察が終わったあと、机の上に置かれた郵便物をひとつずつ整理していた。保険者からの案内や、製薬会社の資料や、雑多な封書。その中に、少しだけ雰囲気のちがう一通がまぎれていた。
開けてみると、医師を対象にした、ある意識調査への協力依頼だった。差出人の大学名には聞き覚えがなく、身に覚えもない。それでも僕がかつて通った大学院からほど遠くない。どことなくその大学名を目にすると、自分の院生時代の空気がふとよみがえる。研究棟の廊下を歩く自分や、深夜にレポートを仕上げていた友人の姿が浮かんで、少し懐かしくなる。
よく知らない差出人からの封筒は、ともすると放っておきがちだ。それでも、この一通を無視してしまうのは惜しい気がした。誰かが真剣にテーマを選び、調査票を印刷し、切手を貼り、投函した。その手間を思えば、軽く扱う気にはならない。
案内にはQRコードが添えられていた。スマホをかざすとGoogleフォームが立ち上がる。手元で画面をスクロールしながら、いくつかの質問に答えていく。ほんの数分の作業だが、画面の向こうで誰かがデータを集め、統計にかけ、レポートにまとめるのだろう。
送信ボタンを押すと、画面が「ご協力ありがとうございました」と表示される。その短い言葉に、妙に安堵した。僕1人の回答なんて、大きな成果に直結するものではないかもしれない。でも、見知らぬ研究者の営みに少しだけ触れた気がした。
机の上の郵便物はまた雑然と積み上がっていくけれど、その中の一通が、ちいさな懐かしさと静かな余韻を残してくれた。