2025年6月27日金曜日

抄録登録

 抄録を書いていた。

いや、正確には「抄録を送る準備をしていた」と言った方がいい。

ワードを開いては閉じ、また開いては別のファイルに寄り道する。そんな日々が続いていた。何も生み出さない時間が、画面の奥で静かに膨張していくようだった。

最初の一文が書けたのは、夜の書類整理がひと段落してからだった。いつもならNOBANACLINIC labo動画を創りだすところだったが、思いとどまった。そして、抄録を書き出した。締め切りが近いのだ。

「IL-6阻害薬導入患者におけるLDL-Cの変化について」

もうそれ以上、余計な言葉はいらなかった。

そこからは、手が勝手に動いた。データを並べ、数字を整え、統計処理の跡を踏み直すように、文を削ぎ落としていった。気づけばWordの文字カウントが「605文字」を指していた。日本語500文字以内、まだだ。もう少し、もう少しそぎ落とす。

それは、なにか小さな祈りのようにも見えた。

そして、朝。

学会の登録フォームにログインし、必要事項を淡々と入力し、「送信」ボタンを押した。あっけないほど軽やかなクリック音がした。

それだけのことだった。だけど、その一瞬に、幾夜もの葛藤と、何杯ものコーヒーと、机の上の散らかったポストイットたちが、すべて吸い込まれていった。

提出完了のメールを受信トレイで見つけたとき、思わず笑ってしまった。小さく、だれにも聞こえないくらいに。

あとは、待つだけだ。採択されるかどうかは、もう僕の手の中にはない。

でも、送ったことは事実だ。送れたことが、今はただ、嬉しい。

身体が軽い。

先頭打者ホームランというわけにはいかなかったけれども、長崎の光の中で未来の背中を追い始めた

朝いちばんの発表が終わった瞬間、胸の奥の霧がふっと晴れた。 半年分の緊張が、出島メッセの裏口にそっと置き忘れてきた荷物みたいに、気づけばそこにない。 同じ会場では、僕より二回りほど年上の先生たちが、外来と生活のすきまから丁寧に紡いだ研究をまっすぐ発表していた。 白い光の中で揺るが...