まだ早い時間のはずなのに、発表原稿の文字はずいぶん前から起きていたように見える。
僕は喉をひとつ鳴らして、ゆっくりと言葉を声に出してみる。
ここ1週間、似たようなフレーズを繰り返してきた。
積み上げてきたものの重さが、声の振動のどこかに宿っている気がする。
今日は空が白がる前に、通しで何度も練習しておきたい。
16時には外来を締めて羽田へ向かう。
本来なら明日も患者さんを診ていたはずで、そのことが朝の静けさの中で、かすかな後ろめたさとして胸の隅に漂っている。
けれど、ここまでやってきた半年を思えば、この時間は必要なものなんだと、自分に言い聞かせる。
声に出すたびに、原稿のリズムが微妙に変わる。
数字の並びが少しだけ体の深いところに沈んでいく。
外はまだ淡い光のままで、その光が部屋の空気を薄く揺らしている。
長崎までは、あと少しだ。そう、今年の臨床リウマチ学会は長崎なのだ。
発表そのものより、ここまでの道のりのほうがむしろ長かった。
そのことを確かめるように、僕はもう一度、丁寧に一行目から声に出して読み始める。