10年ぶりに、内科地方会に症例報告を出すことにする。内科地方会での発表なんて、もう若手のやることだと思っていた。実際、あの会はそういう場だと教わった。プレゼンの練習台。若手の登竜門。それは今も、たぶん変わらない。
けれど、どうしてだろう。十年たった今も、あのときの光景を、はっきり思い出す。
僕が発表していた会の別会場で聴講していた中で、僕が初期研修した病院の神経内科の年配の先生が、静かに研究発表をしていた。若手に混じって。淡々と。少し小さめの声で。誰よりも、聞いてほしいことがそこにあるように感じた。
また別の、見知らぬベテランの先生は、無駄を削ぎ落とした短いスライドと、的確な口調で会場を引き込んでいた。あれはかっこよかった。今でも目に焼きついている。
誰が発表してもいいのだと、あのとき確かに思った。若手だけのものじゃない。あの場所は、誰かが何かを伝えたいと思うかぎり、開かれている。
今回、僕もそういう気持ちになった。成長したい。誰かに見てもらいたい。間違いがあれば、指摘されたい。そんなまっとうな願いを、忘れずに持っていたい。
だから、症例報告を出すことにした。十年ぶりの内科地方会に、十年越しの、自分なりの「問い」を。
医者としての年月が、経験とともに、鈍さも連れてくることがある。それに抗うように、自分の手で「初心」を灯し直してみる。
また、あの会場の静けさの中に立ってみよう。今の僕の声が、どこまで届くのか、確かめるために。
しかしまだ、次の会場の日時と場所が決まっていない。