2025年9月17日水曜日

机の上の郵便物にまぎれた1通の封筒

 診察が終わったあと、机の上に置かれた郵便物をひとつずつ整理していた。保険者からの案内や、製薬会社の資料や、雑多な封書。その中に、少しだけ雰囲気のちがう一通がまぎれていた。

開けてみると、医師を対象にした、ある意識調査への協力依頼だった。差出人の大学名には聞き覚えがなく、身に覚えもない。それでも僕がかつて通った大学院からほど遠くない。どことなくその大学名を目にすると、自分の院生時代の空気がふとよみがえる。研究棟の廊下を歩く自分や、深夜にレポートを仕上げていた友人の姿が浮かんで、少し懐かしくなる。

よく知らない差出人からの封筒は、ともすると放っておきがちだ。それでも、この一通を無視してしまうのは惜しい気がした。誰かが真剣にテーマを選び、調査票を印刷し、切手を貼り、投函した。その手間を思えば、軽く扱う気にはならない。

案内にはQRコードが添えられていた。スマホをかざすとGoogleフォームが立ち上がる。手元で画面をスクロールしながら、いくつかの質問に答えていく。ほんの数分の作業だが、画面の向こうで誰かがデータを集め、統計にかけ、レポートにまとめるのだろう。

送信ボタンを押すと、画面が「ご協力ありがとうございました」と表示される。その短い言葉に、妙に安堵した。僕1人の回答なんて、大きな成果に直結するものではないかもしれない。でも、見知らぬ研究者の営みに少しだけ触れた気がした。

机の上の郵便物はまた雑然と積み上がっていくけれど、その中の一通が、ちいさな懐かしさと静かな余韻を残してくれた。

2025年9月15日月曜日

前もって提示していても、診療時間をかえるのは気が重い

 「土曜日の第一セッションには入らないだろう」――そう思っていた自分の考えが甘かったと知ったのは、日程が確定したときだった。

よりによって朝イチ。避けられると思っていた時間に、あっさりと予定を置かれてしまった。

結局、金曜の夜に動くしかない。16時に診療を終える。

今のところ、患者さんの予定を大きく変える必要はない。

けれど、金曜の夜に受診を考えていた人には前もって伝えておかねばならない。僕の都合で診療時間を削るのは、どう言い繕っても気が重い。

新幹線で羽田へ向かう道すがら、窓の外に流れる街灯がやけに冷たく見える。

「甘い考えでしたね」

それでも、夜の長崎行きに乗るしかない。

2025年9月7日日曜日

専門医更新、深夜のひとりカンファレンス

専門医の更新という作業は、思った以上に時間がかかる。
20人の症例、ひとつひとつまとめていく。
パソコンの画面には文字列が積み重なり、僕はただそれを追いかける。

カルテを読み返していると、あのときの選択は本当に正しかったのか、と考える瞬間がある。薬の選択や経過。ふと立ち止まって調べものもしたりする。

単なる事務作業のはずが、気がつけば内省の時間だ。

患者さんの経過をまとめるということは、自分の診療の経過を振り返ることでもある。あのとき迷ったこと、うまくいったこと、思いがけない転機になったこと。電子カルテの中には、患者さんの人生の断片と、僕自身の判断の足跡が同居している。

夜は静かに深まっていく。外の暗さと、パソコンの白い光のコントラストがはっきりしてくる。時計を見ると驚くほど時間がたっているが、不思議と疲労感は少ない。

専門医の更新は制度的なものにすぎないかもしれない。でも、こうして過去を振り返り、調べ、書き残す過程は、思った以上に示唆に富んでいる。未来に進むために、静かに足元を照らすような作業だ。

夜がふけていく。
けれど、その深さは不思議と心地いい。
あと少しでまとまる。

2025年9月3日水曜日

採択通知が鳴らす合図

 第40回日本臨床リウマチ学会の総会に、リピッドパラドックス研究の演題が採択された。

それを知ったとき、僕はクリニックの目の前のスタバでデカフェのアイスコーヒーを飲んでいた。氷の音がカランと鳴った瞬間にスマホが震えて、メールを開いて、「採択」の二文字を見た。

「やったな」と思った。

でもその次に思ったのは「これでまた忙しくなるな」だった。正直に言えば、アイスコーヒーの氷の方がのんびりしていた。

採択は、ゴールではなくスタートだ。つまり、いきなり新しい宿題が机の上にドサッと置かれるようなものだ。スライドを作り、声にして練習し、何度も直していく。11月までの数ヶ月は、きっとあっという間に過ぎてしまう。いや、たぶん気がついたら、靴下を片方だけ履いたまま発表当日を迎えているかもしれない。そんなことにならないように、今から準備を始めなければならない。

研究は、たとえるなら薄暗いトンネルを歩くようなものだ。どこまで続いているのか分からない。だけど、トンネルの壁に手をあてると、ひんやりとした確かさが返ってくる。ひとつひとつの作業が、その「確かさ」だ。積み重ねが道になり、気づけば出口の光に近づいている。

こうした準備は、忙しい日常に紛れ込みながらも、不思議と僕のペースメーカーになる。診療と家族と研究、そのあいだを行き来する日々の中で、次にやるべきことがいつも前に置かれている。それは小さな荷物のように重く、しかし背中をまっすぐにしてくれる。

ライフワークという言葉は、どこか大げさに聞こえる。でも、毎日食卓に花を一輪飾るように、ささやかに続けていく行為こそが、実はライフワークなのかもしれない。リピッドパラドックスの研究も、そうして僕の日々に根を下ろしつつある。

うれしさは、一瞬で消えてしまう花火のようなものだ。でもその残光を胸にしまい込みながら、僕はまた、静かに歩き出す。11月までの道のりを、ひとつの旅のように。


2025年8月17日日曜日

朝の手直し

来週は大正製薬での研修会。社員さんに向けた社内講演が控えている。

まだ空が白んでいるうちに机に座り、スライドを一枚ずつ直していく。

鳥の声がして、外はもう夏の匂いがした。


患者さんでもなく、薬剤師さんでもなく、お医者さんでもなく、製薬会社の社員さんたちに話すためのスライド。

相手が変わると、選ぶ言葉も変わっていく。


昔は自分が評価されたい気持ちで、学会用のスライドを必死に作っていた。

文献の引用をしまくり、論に穴がないか検証に余念なく、スライドを構成する。

原稿を完璧に仕上げて読み上げたり、丸暗記したりして発表していた。


でもいろいろな場所で発表を重ねるたびに、聴くたびに、

「なんか違う」と心のどこかで感じていた。

自分の発表はパッチワークみたいな気がしていた。


今が正解かはわからない。

ただ、だんだんだんだん、自己満足ではないスライドをつくれるようになってきた気がする。

聴講者が聴きたいことを想像し、それに対して僕が日々感じていることを、自分なりに消化したかたちでスライドをつくる。

目の前の人に向けて、その場で出てきた言葉で話す。

自分の消化していない文献のパッチワークはもうやめたんだ。


どんな場所なのか、だれが聴講者なのか、なにが聴きたいのか。

そして、僕が話す理由。

2025年8月6日水曜日

あの頃の自分に会いに行く

 10年ぶりに、内科地方会に症例報告を出すことにする。内科地方会での発表なんて、もう若手のやることだと思っていた。実際、あの会はそういう場だと教わった。プレゼンの練習台。若手の登竜門。それは今も、たぶん変わらない。

けれど、どうしてだろう。十年たった今も、あのときの光景を、はっきり思い出す。

僕が発表していた会の別会場で聴講していた中で、僕が初期研修した病院の神経内科の年配の先生が、静かに研究発表をしていた。若手に混じって。淡々と。少し小さめの声で。誰よりも、聞いてほしいことがそこにあるように感じた。

また別の、見知らぬベテランの先生は、無駄を削ぎ落とした短いスライドと、的確な口調で会場を引き込んでいた。あれはかっこよかった。今でも目に焼きついている。

誰が発表してもいいのだと、あのとき確かに思った。若手だけのものじゃない。あの場所は、誰かが何かを伝えたいと思うかぎり、開かれている。

今回、僕もそういう気持ちになった。成長したい。誰かに見てもらいたい。間違いがあれば、指摘されたい。そんなまっとうな願いを、忘れずに持っていたい。

だから、症例報告を出すことにした。十年ぶりの内科地方会に、十年越しの、自分なりの「問い」を。

医者としての年月が、経験とともに、鈍さも連れてくることがある。それに抗うように、自分の手で「初心」を灯し直してみる。

また、あの会場の静けさの中に立ってみよう。今の僕の声が、どこまで届くのか、確かめるために。

しかしまだ、次の会場の日時と場所が決まっていない。

2025年7月12日土曜日

「足りないものを、足りないままにしてはいけない」——副腎と関節の話

なんとなく、という言葉は不思議だ。

なんとなく疲れる、なんとなく食欲が出ない、なんとなく朝がつらい——そういう“なんとなく”の体調不良は、いつも言葉の後ろに小さく居座っていて、明確な病名を持たずにただ、そこにいる。

関節リウマチという病気は、名前だけは強そうだけれど、その実、地味に痛くて、地味にしつこくて、でも確実に日常を侵食していく。

そんな病とつきあっている人たちは、たいていステロイドともうまくつきあっている。

ステロイドはよく効く。けれど、長く使っていると、副腎が「あ、もう自分でコルチゾール出さなくていいんだ」とサボりはじめる。で、気づいたときには、副腎不全になっている。

これは医原性の副腎不全——つまり、治療のせいでそうなったという話だ。


でも、今回読んだ論文には、それだけじゃない可能性が書かれている。

リウマチの人の中には、そもそも自分の副腎を自分の免疫が攻撃してしまって、コルチゾールが出せなくなる人がいる。Addison病。

関節の痛みも、副腎の疲弊も、免疫の“過剰な正義”によるものだとしたら、それはもう体の中で内戦が起きているようなものだ。

自分の一部が、自分の別の一部を敵だと勘違いして、正義の名のもとに傷つけ続けてしまう。

副腎からコルチゾールが出なくなると、体がうまくストレスに対応できなくなる。

ただでさえ日常生活に痛みがついてまわるのに、さらに「ストレスに弱くなる」というのは、地味に辛い。

しかも、その不調は、リウマチのせいなのか、副腎のせいなのか、誰にもわからない。

だから、こういうときには血液検査をする。朝早くのコルチゾール値を測って、ACTHの刺激にどれくらい反応するかを調べる。

でも、本当に大切なのは、その前に「この人、もしかしてAddison病かもしれない」と思えるまなざしを持っているかどうかだ。

病気は、名札をつけて待っていてくれるわけじゃない。

ただ静かに、静かに、影を落とすように存在している。

副腎が出せなくなったホルモンを、外から補ってあげる。それは、“足りないものを、足りないままにしておかない”というほどこしだ。

リウマチを診るということは、関節だけを見ることじゃない。

免疫という、自分の中の“正義”の暴走を、どうやって静かに宥めるかを考えることでもある。

その過程で、見えづらい不調を拾い上げる力が、僕たちにはきっと必要なんだと思う。

[Adrenal insufficiency in Patients with Rheumatoid Arthritis: Prevalence, Clinical Implications, and Management Strategies]

同期が座長を務める日、発表者は僕だった

 内科地方会から当日のプログラムを知らせるメールが来た。 今回、座長を務めるのは、大学病院時代にともに汗を流して笑いあいながら働いた同期だった。世間は狭いなと笑った。 僕はクリニックを構え、研修医や若手の先生方に混じって発表する側。一方、彼は大学に残り、教授たちと肩を並べる座長と...