前回は、リウマチ患者さんのコレステロールが低いからといって、心臓の病気のリスクが低いとは限らない、という少し逆説的な話を紹介しました。これは “リピッドパラドックス” と呼ばれる現象で、アメリカのMyasoedovaさんたちが2011年に発表した研究から、かなり強い証拠が得られています。
けれど、疫学ではひとつの研究だけで結論を出すわけにはいきません。異なる立場、異なるデザイン、異なる地域からのデータを並べて、ようやく見えてくる構造があります。今回は、そのひとつの起点とも言える研究を紹介したいと思います。
南アフリカで2005年にDesseinらによって行われた研究では、リウマチ患者74名を対象に、首の血管(頸動脈)の厚みやプラークの有無を調べ、動脈硬化の進行度を評価しました。彼らが注目したのは、年齢や高血圧といった「伝統的な」リスク因子だけでなく、炎症や関節のダメージといった「非伝統的な」因子も含めて心臓病との関連を分析する、というアプローチでした。血液中のコレステロールだけでは、動脈硬化の進行を説明しきれませんでした。特に、多形核白血球という炎症の指標が高い人、関節の破壊が進んでいる人では、頸動脈にプラークが多く見つかり、心臓病のリスクも高いと考えられました。
Dessein PH, Joffe BI, Veller MG, Stevens BA, Tobias M, Reddi K, Stanwix AE. Traditional and nontraditional cardiovascular risk factors are associated with atherosclerosis in rheumatoid arthritis. J Rheumatol. 2005 Mar;32(3):435-42. PMID: 15742434.
これはコレステロールの値がどうであれ、その背後にある炎症の火が、血管の中をじわじわと焦がしていくことを示唆していました。そしてこの視点は、後にMyasoedovaらが大規模な解析で裏づけていくことになるリピッドパラドックスの、Etiologyを説明しうる生物学的な蓋然性を示唆しており、パラドックスの本質的な始まりを示していたのかもしれません。
複数の研究を読むことで、世界が立体的に見えてきます。