関節リウマチという病気をもつ人では、コレステロールが低いのに、心臓病になりやすい。この逆説「リピッドパラドックス」は、Desseinさん(2005年)が気づき、Myasoedovaさん(2011年)が証明しました。そのパラドックス現象をとても丁寧に読み解こうとしたのが、Venetsanopoulouらによる2020年のレビュー論文です。
先行研究調査でとても頼りになるのが、すでに発表されている複数の研究論文やデータを整理・分析・統合して、あるテーマについての全体像や現在の理解をまとめたこのレビュー論文になるわけです。新しい治療法や病気のメカニズムについて何百もの研究が世界中ででていても、「どんな研究があって、どんな知見が得られていて、まだどこがわかっていないのか」を一つの地図のように示してくれるような論文です。
Venetsanopoulouの研究では、「炎症」と「脂質」の関係が複雑にからみあう様子が、まるで絡まった毛糸玉のように解きほぐされていきます。私たちの体には、HDLコレステロールという「善玉」がいます。このHDLは、血管を掃除して、動脈硬化を防いでくれる優秀な“清掃員”のような存在。ですが、リウマチという慢性的な炎症がこのHDLを「変質」させてしまいます。もともと守ってくれるはずのHDLが、逆に炎症を運ぶ媒介役のようになってしまう。つまり、「善玉」が「悪玉」になってしまうということ。
さらに、炎症が強いと肝臓の働きにも影響が出て、コレステロールを作る量や分解のタイミングが変わってしまいます。その結果、血液検査では“低コレステロール”のように見えても、血管の内側では炎症による傷が静かに広がっています。これが、数字はきれいだけれど、鏡の奥では確かに煙が立ち上っている、このパラドックスの怖さです。
「リウマチ患者の脂質異常は、従来の“数値だけ”の読み方では見抜けない」
Venetsanopoulou, A.I., Pelechas, E., Voulgari, P.V. et al. The lipid paradox in rheumatoid arthritis: the dark horse of the augmented cardiovascular risk. Rheumatol Int 40, 1181–1191 (2020). https://doi.org/10.1007/s00296-020-04616-2
Desseinらが2005年に問いを立て、Myasoedovaが構造を示し、Venetsanopoulouが物語をまとめていった。リウマチと心臓病と脂質。この3つの間にある見えない関係線が、少しずつ、でも確かに浮かび上がってきています。
【2025年臨床リウマチ学会総会へ向けて-05】