2025年5月2日金曜日

先行研究の調査:リピッドパラドックスとは

  大学院時代、最初に手に取った疫学の教科書が Epidemiology: An Introduction という洋書でした。正直に言えば、英語が苦手だった僕にとっては、かなり手強い本でした。文章はまっすぐなのに、読み進めるたびに辞書と首っ引き。それでも先生、先輩には「3回は通読したほうがいい本だよ」と言われ、自分で読み、読み合わせ勉強会で読み、論文を書きながら読み、3回読み切ったのを今でも覚えています。その本の冒頭に書かれていた言葉が、今も心に残っています。「研究は、まず先行研究を調べることから始めなさい」誰かが歩いた道をなぞることが、結局は最短の近道になる。

 そんな姿勢で「Lipid paradox(脂質パラドックス)」にも取り組みます。これは、関節リウマチの患者さんでは、悪玉とされるLDLコレステロールが低い人の方が、むしろ心臓病のリスクが高いという不思議な現象です。

 リウマチと心臓病、一見関係なさそうに見えるかもしれません。でも実は、関節リウマチの患者さんは、健康な人と比べて心臓病になるリスクが1.5〜2倍ほど高いといわれています。動脈硬化が早く進んだり、血管の炎症が目立たなく広がったりすることが原因です。心筋梗塞や狭心症といった命にかかわる合併症が、関節の痛みや腫れの影に隠れて見えにくくなっている。それが、関節リウマチという病気のもうひとつの怖さでもあります。

 この分野でよく知られた論文のひとつが、Myasoedovaらが2011年に発表した研究です。彼らは、リウマチの患者さん約650人のデータをもとに、LDLコレステロールが低いほど心血管疾患のリスクが高いという、いわば“常識とは真逆の関係”を報告しました。

Myasoedova E, Crowson CS, Kremers HM, Roger VL, Fitz-Gibbon PD, Therneau TM, Gabriel SE. Lipid paradox in rheumatoid arthritis: the impact of serum lipid measures and systemic inflammation on the risk of cardiovascular disease. Ann Rheum Dis. 2011 Mar;70(3):482-7. doi: 10.1136/ard.2010.135871. Epub 2011 Jan 7. PMID: 21216812; PMCID: PMC3058921.

 例えるなら、空が青くて風も穏やか。でも、その向こうの海には真っ黒な嵐の雲が迫っている、そんな情景です。表面的には「数値がいい」と思えても、その数字が本当に“安全”を意味しているかどうかは別の話です。

 慢性的な炎症は、コレステロール値を一時的に下げることがあります。でもそれは、リウマチが血管に与えているダメージを帳消しにしてくれるわけではありません。だからこそ、僕たちは「数字」だけを見るのではなく、その背景にある“体の本当の状態”を読み取る努力が必要だと感じています。

【2025年臨床リウマチ学会総会へ向けて-03】

先頭打者ホームランというわけにはいかなかったけれども、長崎の光の中で未来の背中を追い始めた

朝いちばんの発表が終わった瞬間、胸の奥の霧がふっと晴れた。 半年分の緊張が、出島メッセの裏口にそっと置き忘れてきた荷物みたいに、気づけばそこにない。 同じ会場では、僕より二回りほど年上の先生たちが、外来と生活のすきまから丁寧に紡いだ研究をまっすぐ発表していた。 白い光の中で揺るが...